ワクチン接種を頑なに拒否するカイリー・アービングの独特な世界観

 NBAの2021-2022シーズンのブルックリン・ネッツは、シーズン開始前の下馬評では優勝候補の一角に挙げられるチームであった。

 ネッツはケビン・デュラントやジェームズ・ハーデンとこれまでに何度も得点王に輝いたMVP級の選手を2人も擁しており、昨シーズンはこの2人に加え、2015-16シーズンにクリーブランド・キャバリアーズを優勝に導いたカイリー・アービングが加入したのである。

 「三人寄れば文殊の知恵」ではないが、NBAの世界では、大物スター選手が3人揃い、BIG3が結成されると優勝のチャンスがぐっと高まると言われている。例えば、ポール・ピアース、ケビン・ガーネット、レイ・アレンの3人が優勝リングを獲得した2007-08シーズンのボストン・セルティックスや、レブロン・ジェームズ、レイ・アレン、クリス・ボッシュの3名で2011-12から2012-13シーズンを2連覇したマイアミ・ヒートが記憶に新しい。

 デュラント、ハーデン、アービングは、上述のセルティックスやヒートのBIG3に勝るとも劣らない面子である。このメンバーを考慮すれば、優勝候補の一角どころか、優勝以外の結果は許されないと言った方が正しいかもしれない。

 とは言え、スター軍団はチームとして熟成するまでに時間を要するものだ。2連覇を達成したマイアミ・ヒートのBIG3も、結成初シーズンは優勝に手が届かず、2シーズン目にしてようやくチーム・ケミストリーが生まれて2連覇を成し遂げるまでに至るのである。

 昨シーズン結成されたばかりのネッツのBIG3も同様で、結成2年目となる今季こそ、彼らが栄冠を手にする年になると多くの人が期待しているわけである。

 ところが、満を持して開幕した2021-22シーズン、ネッツの順位は2022年1月初めの時点でイースタン・カンファレンス2位といまいち振るわない。シーズン開始当初はカンファレンス1位をひた走っていたが、期待されていたようなぶっちぎりの独走という感じではない。

 その最大の要因がBIG3の1人であるカイリー・アービングにあるのは間違いない。彼は今シーズン、まだ一度も試合に出ていないのである。アービングが欠場している理由は病気でも怪我でもなく、新型コロナウイルスのワクチン接種を頑なに拒んでいるからである。

 ネッツの本拠地であるニューヨーク市のルールにより、ワクチンを接種してないスポーツ選手は、公共のアリーナでプレーすることが認められていないのだ。この辺りは日本では考えられないルールではあるが、ニューヨークはワクチンを打たない者が生業に従事することを認めないほど厳しい環境なのである。

 これはアービングにとってみれば兵糧攻めに等しい処分なわけで、「アービングはいつワクチンを打つのか?」という話題はシーズン開始前から盛んに取り上げられていた。さすがにクリスマスまでには打つだろうというのが大方の予想であったが、クリスマスどころか年が明けてもアービングがワクチン接種を受ける気配は一向にない。

 アービングがこうまで頑なにワクチンを打たないのは、どのような事情があるのだろうか。彼自身、ワクチンを接種しないことについて、公の場では「自分にとってベストな選択をしているだけ」と説明するだけに留めている。

 アービングがユニークなモノの考え方をすることは以前からも知られていた。2017年頃に、「地球は平らだ」という発言をして、人々を驚かせたことがある。「確かに学校では地球は丸いと習ったけれども、それ以外の機会で地球は丸いと感じる体験は一切なかったから」というのがその理由だそうだ。まあ言っていることは分からなくない。

 その他にも、「クリスマスは祝日ではない」という発言もある。曰く、世界中でクリスマスを祝って馬鹿騒ぎしているけれども、俺はそういうのには関心がない、とのことだそうである。

 

 これらの発言を総合すると、どうもアービングは地動説を唱えたガリレオ・ガリレイを異端審問にかけた頃のローマ・カトリック教会に近い価値観で生きているように思える。クリスマスに馬鹿騒ぎをするなというのも、パーティなんかに興じていないで、静かにキリストの生涯に思いを馳せろという意味にも取れる。彼の名前であるKyrieは、ギリシャ語では「キリエ」と読み、「主よ」という意味になるそうだ。一方で、アービングは周囲のムスリムの友人と一緒にラマダンの断食をするなど、イスラム教に改宗したという話もある。

 ただし、アービング自身は、彼の信仰する宗教について問われた際、「自分が信仰しているのはペットのシュナウザーだ。彼もまた俺にとっては神だからね。」という回答をしている。なんだかよく分からないが、アービングが類いまれな世界観の持ち主であることは間違いないようである。

 もっともこのくらい頑固で偏屈でなければ、クリーブランド・キャバリアーズ時代にファイナルの第7戦という大舞台で冷静に決勝の3ポイントシュートを沈めるような芸当はできないのかもしれない。

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