NBAの2021-22シーズンの得点王はフィラデルフィア・セブンティシクサーズのセンターであるジョエル・エンビードが獲得した。センターが得点王を獲得するのは、1999-2000シーズンのシャキール・オニール以来、実に20年以上ぶりのことなのだそうだ。
確かに過去5年の歴代得点王を見ても、ステフィン・カリーやジェームズ・ハーデン、ラッセル・ウェストブルックといったガード陣が独占していることが分かる。
不利なルールをものともしない得点王
一般的に、バスケットボールでは背が高くて体格の良い選手にゴール近辺でボールを持たせるのが最も効率的な点の取り方であると思われがちである。冒頭に出てきたシャキール・オニールがまさにそんな感じであった。
オニールは216cm、140kgという巨体をフルに活かしてゴール下にポジションを取り、ディフェンスの上からダンクを浴びせるというスタイルで文字通り無双していたわけである。そのスタイルは確かに圧倒的ではあったが、あまりに単調すぎてつまらんということになり、NBAがゾーン・ディフェンスを解禁するなどのルール改正に踏み切ることになったのである。
その結果、今度は逆にコートを素早く縦横無尽に走り回り、どこからでもシュートを打つことができるガードの選手が台頭するようになった。最近の得点王にガードの選手が多いのにはそういった背景がある。そんなセンターにとって逆風とも言える状況の中で、エンビードはどのようにして得点を積み重ねていったのか。
巨体に似合わないバスケットボールスキル
NBA公式サイトのプロフィールによると、エンビードは身長213cm、体重127kgと体格的にはオニールにも引けを取らない。エンビードがすごいのは、そんな恵まれた体格に加えて、オニールより遥かに高いバスケットボールの技術を兼ね備えているところである。
具体的にはまずシュート力の高さが挙げられる。ゴール近辺を主戦場としていた従来型のセンターには高いシュート技術が求められることはあまりなく、まして3ポイントシュートを打つなどということは極めて稀であったが、エンビードは3ポイントシュートも難なく決められる技術の持ち主である。ガードの選手に比べれば1試合あたりの試投数は3.7回と少ないものの、37%という高確率でシュートを沈めている。3ポイントシュートは4割成功すれば一流と言われるが、センターでありながらそれに近い数字を出しているのである。
もっとも、最近では3ポイントシュートを高確率で成功させるセンターというのはエンビードに限った話ではない。2021−22シーズンのオールスターの3ポイントコンテストで優勝したカール・アンソニー・タウンズもセンターであるが、彼の3ポイント成功率は41%とそれこそ一流シューター並の数字を残している。バスケットボールではポジションの垣根がどんどん崩されており、今ではセンターも当たり前のように3ポイントシュートを打つようになっているのだ。
エンビードの技術の高さはシュート力だけにとどまらない。彼はフォワードの選手のようにバスケットに正対しながらドリブルで相手を抜いてバスケットまでドライブしたり、ジャンプシュートを決めたりするスキルも持ち合わせている。得点のバリエーションが実に豊富なのだ。
そういった活躍もあり、エンビードはニコラ・ヨキッチやヤニス・アデトクンボとともに、シーズンMVPの最終候補としても名を連ねている。この3者に共通するのは、210cmを超える身長がありながら、それに似つかわしくないスキルを兼ね備えているところである。高いスキルをもった大型選手が何名もMVP候補として挙げられるところにNBAの新時代の到来を予感させる。
カメルーンのシンデレラストーリー
ちなみに、エンビードはアメリカ合衆国以外で生まれた選手として得点王を獲得した最初の選手なのだそうである。NBAではかなり早い段階で国際化が進んでいた印象なので、個人的には意外な話であった。
エンビードの出自を紐解いていくと、彼はカメルーンの出身であり、バスケットボールの留学のため、高校からアメリカ合衆国に渡ったのだそうだ。エンビードがゴールデンステイト・ウォリアーズのドレイモンド・グリーンのポッドキャストに出演した際に語ったところによると、彼が16歳までバレーボールの選手であり、将来はフランスでプロのバレーボール選手になることを考えていたそうである。
バスケットボールを始めて3ヶ月ほどした頃に、同じくカメルーン出身のNBA選手であるルック・バ・ア・ムーティの主催するキャンプに呼ばれ、そこで才能を認められてアメリカ合衆国の高校の奨学金を手にしたそうだ。たった3ヶ月で才能を見出されるとは、スラムダンクの桜木花道なんぞ比較にならないほどのシンデレラストーリーではないか。
身体に悪そうな食生活
また、エンビードはおよそアスリートらしくない食生活をしていたことでも知られている。彼はハンバーガーやフライドチキン、ホットドッグなどといったジャンクフードが大好物だそうで、それらを頬張りながらシャーリーテンプルをがぶ飲みするという生活を続けていたそうである。
また、大学時代のチームメイトが語ったところによると、遠征の際には大学の近所に住むおばさんがよくブラウニーの差し入れをしてくれていたそうだが、ブラウニーはまずエンビードが口いっぱいに入れてから他のチームメイトにおすそ分けされるのが習慣になっていたようだ。
さすがに今ではこうした食生活も多少は改善されていると思うが、セブンティシクサーズのチームメイトであるトバイアス・ハリスによると、彼がエンビードと一緒にステーキハウスを訪れた際、店員からステーキの焼き方を聞かれると、エンビードは「とにかく黒焦げになるまで焼いてくれ」と注文したそうである。店員が「そんなことはできない」と断ると、エンビードはがっかりして席を立ち、そのまま一人で帰ってしまったというエピソードを明かしている。
多くの一流アスリートが徹底的に食事を見直し、健康的な食生活を送る中で、こんなに身体に悪そうな食生活をしているエンビードが得点王を獲得してしまうというのはある意味で痛快な話ではあるが、その一方で、他の一流アスリートと同じように、「健康的な食生活」に目覚めたエンビードの姿というのも見てみたくなる。