カイリー・アービングがイスラム教に改宗していた
先日、NBAのブルックリン・ネッツのスター選手であるカイリー・アービングが新型コロナウイルスのワクチンを接種しないため、試合出場が認められてないという内容の記事を投稿した(その後、ニューヨーク市は2022年3月に規制を解除し、アービングを始めとするワクチン未接種のプロスポーツ選手も試合出場が認められる運びとなった)。
この記事ではアービングの信仰についても少し触れているが、どうやらアービングがイスラム教に改宗したという話は本当のようである。2021年4月頃から、アービングがコートサイドにひざまずいてイスラム式の祈りを捧げている様子が見られるのようになり、さらに4月23日の試合後に行われた記者会見では、アービング自身がアラーを称え、イスラム教を信仰している旨の発言をしているのだ。
アービングが新型コロナウイルスのワクチンを打たないのは、彼の宗教的背景に依るのではないかと考えもしたが、イスラム法学者の間ではワクチンがハラルであるかについて見解が分かれているようだが、少なくともイスラム教国の中には「ワクチンはイスラム教の教義に反するから打ってはいけない」とする国はないようなので、アービングがワクチンを打たない理由は恐らく宗教とは別のところにあると思われる。
アービングがイスラム教に改宗するまでにどのような経緯があったのかについて、彼自身多くを語ることはないが、少なくとも軽い気持ちやファッション感覚で改宗をしたのではないらしい。驚くべきことに、アービングはプレーオフを戦っている最中でも厳格にラマダン月の断食を守っているのだ。
ラマダンとは?
イスラム教は「ヒジュラ暦」という暦を採用しており、第9の月を「ラマダン」と呼んでいる。ラマダン月には日の出から日没にかけて、食べ物はおろか水も一滴も飲んではいけないという決まりになっている。ヒジュラ暦というのがどういう仕組みになっているものかは知らないが、日本人が従っているグレゴリオ暦のカレンダーとは異なっている。例えば2022年はグレゴリオ暦にして4月2日から5月1日がいわゆるラマダン月であるが、2021年の場合は4月13日から5月12日であった。
かつて、イスラム教を信仰している人に「どうしてラマダンでは断食をするのか」と聞いたことがある。彼によれば「飢えで苦しむ人々に思いを馳せるためである」ということであった。
日中は一切の飲食が認められていないかわりに、日が沈んでしまえば飲み食いは自由なので、夜の間に食いだめをしておくというのが一般的なライフスタイルであるらしい。身体には結構な負担であるらしく、昼間はなるべく体力を消耗しないように努めているらしい。水すら口にしてはいけないので、なるべく汗をかかないように暮らしているのだとも言っていた。
それでも会社勤めをしているような人であれば、ラマダン月もまだ耐えられるのかもしれない。しかしアービングのようなプロスポーツ選手にとって、日中に一切飲食できないというのはかなり辛いことなのではないだろうか。
NBAでは19時に試合が始まるのが一般的である。季節や地域にもよるだろうが、19時ではまだ日没していない場合もありうる。また、飽くまで試合開始が19時なのであって、選手は夕方前にはアリーナ入りして身体を温め、シュート練習などをしていることだろう。そんなことをしていれば当然腹も減るし喉も渇くだろうが、ラマダン月のイスラム教は、そのような時も一切飲み食いができないのだ。
実際のところ、このあたりは緩く運用されることも多いようで、病気や旅行の時は特別に飲み食いしても構わないということになっているようだ。ところがそこはNBAきっての変人アービングである。彼は自分のポリシーは厳格に守らなければ気が済まないらしく、日没までの断食を頑なに守っているようだ。実際、試合中に日没が確認されると同時にロッカールームからバナナを取ってきてコートサイドで頬張っている姿が確認されている。
そこまで厳格に断食を守っていて本業のパフォーマンスに支障が出ないのだろうか。アービングの所属するニュージャージー・ネッツは2022年4月10日に行われたインディアナ・ペイサーズとのシーズン最終戦に勝利した後、4月17日からカンファレンス第2位のボストン・セルティックスとのプレイオフの第1ラウンドを戦っている。上述の通りラマダン月の始まりは4月13日からなので、つまり断食を実践してから5日目からプレイオフを戦っていることになる。
アービングは第1戦こそ39得点を挙げる圧巻のパフォーマンスを見せてくれたものの、それ以降の試合ではあまり振るわず、チームもスイープを喫するなど、ファンにとっても彼自身にとっても不本意な結果になってしまった。この不振について、アービング本人は断食の影響があったなどとは語っていないが、その影響が少なからずあったことは想像に難くない。
NBA選手とラマダン
ここまでカイリー・アービングのイスラム教改宗について語ってきたが、当然のことながらアービングがNBAにおいて唯一無二のイスラム教徒であるわけではない。世界全体のイスラム教徒の数は20億人と世界最多を誇る。NBAの中にもイスラム教を信仰する選手が過去にも現在にも相当数存在する。
現役選手の中では、ボストン・セルティックスのジェイレン・ブラウンは数年前のオフシーズン中、ラマダン月の断食の最中に、何度か気を失いかけながらハードなトレーニングをやり遂げ、精神的に鍛えられた体験を語っているが、シーズン中に断食をするかについては名言を控えているようだ。
既に現役を退いてはいるものの、かつてヒューストン・ロケッツを2度のチャンピオンに導いた伝説級のセンターであるアキーム・オラジュワンも敬虔なイスラム教徒として知られている。彼もまたアービングと同様、シーズン中であってもラマダン月には厳格に断食を行っていた選手として知られている。
オラジュワンのシーズン中の断食について詳細にレポートされている記事を見つけたので紹介したい。
この記事によれば、オラジュワンは1993年のシーズン中にラマダン月を迎えた際に断食を試みたそうだが、「試合のある日にはとても無理だ」と断食を諦めたそうである。ところが1995年に同じくイスラム教徒のマクムード・アブドゥル=ラウーフという選手とイスラム教の信仰について語り合った際に、ラマダン月には試合のある日でも断食をしようと決意したそうである。
それ以来、オラジュワンは引退する前の間、ラマダン月の断食は欠かさず行っていたようだ。彼が凄いのは、ラマダン月の方がそれ以外の月よりも良い成績を残していることである。オラジュワンによれば、断食月の方が身体が軽く、腰の痛みも和らいでいるとのことである。
日中の断食という、普段の生活ではしない行為をすることは、身体に何らかの影響を及ぼすことは間違いない。カイリー・アービングの改宗後初めてのシーズンでは断食と上手く付き合うことができなかったようだが、果たして彼はオラジュワンのように、ラマダン月の断食によりステップアップすることができるのか、来年以降も彼のラマダン月の活躍ぶりを注視していきたい。